長引く咳
咳止めを飲んでも、2か月咳が止まりません。
止まらない咳を主訴に、多くの患者さんが当院を受診されます。
当院では、長引く咳の患者さんに対して、まず胸部X線を撮影し、肺炎・結核・肺がん・心不全などの重大な病気がないかを確認します。
診察や病歴の聴取は非常に重要であり、必要に応じて呼気NO検査、肺機能検査、血液検査などを追加し、最終的には胸部CT検査を行うこともあります。
慢性の咳の原因としては、以下のような多くの疾患が知られています。
1)感染後咳嗽
2)咳喘息
3)アトピー咳嗽/喉頭アレルギー
4)上気道咳嗽症候群(後鼻漏症候群)
5)感染症(百日咳、マイコプラズマ)
6)胃食道逆流症
7)心因性咳嗽
8)咳過敏性症候群
これらが複数重なったり、診断が確定せず治療を行っても咳が持続するなど、一筋縄ではいかない症例も少なくありません。
1)感染後咳嗽(かぜ症候群後咳嗽)
・長引く咳の代表格: 「かぜ症候群後咳嗽」とも呼ばれ、風邪をひいた後に咳だけが残ってしまった場合、最も可能性が高いのがこの病気です。
・原因: 風邪などのウイルス感染によって気道の粘膜が傷つき、過敏になっている状態です。そのため、冷たい空気や会話など、些細な刺激でも咳が出やすくなります。
・経過の特徴: 通常は3〜8週間程度で徐々に咳の回数が減り、自然に落ち着いていきます。(※もし咳が強くなったりぶり返したりする場合は、別の病気の可能性があります)
・治療: 咳のピークが過ぎていれば、原則として抗菌薬(抗生物質)は不要です。咳止めなどの対症療法を行いながら、自然な回復を待ちます。

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2)咳喘息
・長引く咳のNo.1: 日本において、長引く咳(慢性咳嗽)の原因として最も頻度の高い病気です。
・症状の特徴: 典型的な喘息のような「ゼーゼー、ヒューヒュー」という音(喘鳴)や呼吸困難はなく、「咳だけ」が続くのが特徴です。
・悪化する時: 夜中から明け方にかけて咳が強くなる傾向があります。また、冷たい空気、会話、運動、タバコの煙などが刺激となって咳き込むこともあります。
・診断と治療: 呼気NO検査(吐く息の検査)が診断の助けになります。一般的な咳止めは効きにくいですが、**喘息の治療薬(吸入ステロイド薬や気管支拡張薬)**を使うと速やかに改善するのが特徴です。
・注意点: 放置すると約3割が典型的な喘息へ移行すると言われており、早期に治療することが重要です。

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3)アトピー咳嗽/喉頭アレルギー(慢性)
・日本独自の概念: アトピー咳嗽と喉頭アレルギーは、欧米の疾患概念とは異なる日本独自の病気として定義されており、一般的な咳止めではなく「抗アレルギー薬(ヒスタミンH1受容体拮抗薬)」がよく効くのが特徴です。
・炎症の場所の違い: アトピー咳嗽は気管(中枢気道)の表面にアレルギー性の炎症(好酸球性炎症)が起きますが、喉頭アレルギーは喉(喉頭)にアレルギー反応が起こります。
・症状の特徴: どちらも「喉がイガイガする」「痒い」といった違和感を伴うことが多く、症状が似ているため区別が難しいことがあります。また、両方を合併していることもあります。
・診断と治療: 検査だけで確定診断を行うことは難しいため、実際の診療では「抗アレルギー薬を2週間服用し、咳が改善するかどうか」を確認する「治療的診断」が一般的に行われます。

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4)上気道咳嗽症候群(後鼻漏症候群)
・鼻が原因の咳: 鼻炎や副鼻腔炎など、鼻の病気が原因で起こる咳です。長引く咳の原因として、実は非常に多く見られます。
・症状の特徴: 風邪のあとに喉のイガイガが残り、喉に落ちてくるネバネバした鼻汁が切れにくく、発作のような激しい咳を繰り返します。特に「寝る前」や「朝起きた時」に咳き込みやすいのが特徴です。
・「痰」との勘違いに注意: 喉に落ちてくる鼻汁(後鼻漏)を、肺からの「痰」だと思い込んでいる患者さんも多く、ご自身では鼻が原因だと気づきにくいことがあります。
・治療: 原因となっている鼻の病気に合わせて、抗アレルギー薬(ヒスタミンH1受容体拮抗薬)や抗生物質などを使用することで改善します。

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5)感染症による咳(百日咳・マイコプラズマ)
適切な抗生物質(マクロライド系など)を使用しないと咳が長引いてしまう、代表的な2つの感染症です。
1. 百日咳(大人の百日咳)
・特徴: 「コンコン、ヒュー」という特有の音や嘔吐を伴うのが典型的ですが、大人の場合はこうした特徴が出にくく、ただの「長引く空咳」として見過ごされがちです。その結果、3か月以上も咳が続くことがあります。
・感染力: 新型コロナインフルエンザなどよりも強い感染力を持つとされています。症状が軽い大人が、知らず知らずのうちに周囲(特に乳幼児)に広げてしまうリスクもあり、注意が必要です。
2. マイコプラズマ(気管支炎型)
・肺炎だけではない: 「マイコプラズマ=肺炎」のイメージが強いですが、実はレントゲンで異常が出ない「気管支炎」のタイプも多く、特に成人ではこの傾向があります。
・症状: 発熱は微熱程度、あるいは熱が出ないこともあります。喉の痛みや頭痛、倦怠感を伴い、乾いたしつこい咳が2〜4週間(長いと2ヶ月近く)続きます。
・検査: 一般的な血液検査(白血球やCRP)では異常が出にくいため、診断には医師の慎重な判断が必要です。

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6)胃食道逆流症(逆流性食道炎)による咳
・胃酸が原因の咳: 胃から食道へ逆流した胃酸が、のどや気管を刺激して「空咳」を引き起こします。
・近年増えている病気: かつて日本では少なかったものの、食生活の変化などにより、長引く咳の原因として近年増加しています。
・症状の特徴とタイミング:典型的には「胸やけ」や「呑酸(酸っぱいものがこみ上げる)」を伴いますが、こうした自覚症状が全くなく、咳だけが出ることもあります。「食事の後」「起床時」「前かがみになった時」「横になった時」などに咳が悪化しやすいのが特徴です。
・診断と治療:胃酸を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬)を使用します。咳への効果が出るまでには時間がかかります。 すぐに効かなくても諦めず、1~2か月じっくり服用して効果を確認する「治療的診断」を行います。

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7)心因性咳嗽(習慣性咳嗽)
・ストレスや癖による咳: 小児から思春期に多くみられますが、成人でも起こります。ストレスや環境の変化、あるいは風邪などをきっかけに咳をする癖がつき、長引いてしまう状態です。
些細なきっかけで咳が出始め、のどの不快感から「咳をするとスッキリする」という回路ができあがり、習慣化(癖)してしまうサイクルが原因です。
・症状の大きな特徴:「犬が吠えるような」「警笛のような」と表現される、乾いた大きな咳が特徴です。
起きている時は激しく咳込みますが、「寝ている間」や「何かに熱中している時」にはピタリと止まるのが最大の特徴です。
・見た目とのギャップ: 咳の音はものすごく大きいですが、本人は意外とケロッとしており、呼吸困難などの重篤感がないことも特徴です。
・治療: 一般的な咳止めは効きにくい傾向があります。「重い病気ではない」と理解して安心することや、少しずつ咳を我慢する時間を延ばす「咳をしない練習」などを行うことで改善します。

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8)咳過敏性症候群
・咳過敏性症候群とは、咳の神経が敏感になり、通常では反応しないわずかな刺激(冷気や香水の匂い、煙、乾燥、会話など)で咳が誘発されてしまう状態をいいます。この“敏感さ”が残ると、もとの病気が良くなっても咳だけ続くことがあります。
・難治性の慢性咳嗽(治療抵抗性慢性咳嗽/原因不明の慢性咳嗽)では、咳過敏性症候群の関与が示唆されており、P2X3受容体拮抗薬ゲーファピキサント(商品名:リフヌア)の使用を検討します。
難治性の慢性咳嗽に用いるリフヌア®(ゲーファピキサント)について教えてください。
これはどんな薬?
リフヌア®錠は、原因不明や原因への十分な治療を行っても咳が続く「難治性の慢性咳嗽」に用いる飲み薬です
1) 作用機序
一言でいうと、「のどの“咳スイッチ(P2X3)」の感度を下げて、ちょっとした刺激で咳が出にくくする薬です。
咳が続く仕組み
のどや気道の表面には“咳センサー”を持つ神経があります。ほこり・冷たい空気・会話・香りなどの刺激で、細胞からATPという物質が出ると、神経のP2X3受容体(咳スイッチ)が反応して、咳が出ます。
咳が長引く人は、このスイッチが過敏になっていて、些細な刺激でも咳が出やすい状態です。
リフヌア®の働き
リフヌアは、このP2X3受容体を選択的にブロックします。
→ “スイッチ”の感度が下がるので、同じ刺激でも咳が出にくくなります(咳の回数・つらさの軽減)。
効果は
著効が25%、何らかの効果を感じた人をすべて含めると73%に達するとの報告もあります。
他の咳止めとの違い
・眠気を出して咳を抑える薬ではありません(脳をぼんやりさせるタイプではない)。
・気道の炎症を直接治す薬でもありません(原因療法ではなく、咳の出やすさをコントロールする対症療法)。
・ぜんそくや胃酸の逆流など原因がある場合は、その治療とあわせて使うと効果的です。
味覚の変化が出る理由
舌の味を感じる細胞にも似たタイプの受容体があり、リフヌアがそこにも作用して味を感じにくい・苦く感じるなどの変化が出ることがあります。多くは一時的で、様子を見ながら調整します。
2)副作用
・最も多いのは味覚の変化(苦味・金属味/味がわかりにくい等)。治験では65.4%で見られ、多くは服用開始後数日以内に出現し、継続中または中止でほぼ回復しました。つらい場合は我慢せずご相談ください。
・そのほか:吐き気、口の渇きなどが報告されています。
3)期待できること・限界
・咳の頻度や生活の支障(睡眠・仕事・会話など)の改善が期待できます。
・原因療法ではなく対症療法です。効果や副作用を見ながら継続の可否を医師と相談します。漫然投与は行いません。