マイコプラズマ感染症
マイコプラズマとはどんな微生物?
マイコプラズマは、細菌の仲間ですが、細胞壁を持たない特殊な微生物です。
1. マイコプラズマ
正体:細菌の仲間ですが、細胞壁を持たない特殊な微生物
サイズ:普通の細菌よりさらに小さい(ウイルスよりは大きい)
特徴:
・自分で増殖できる(=生きている)
・細胞壁がないためペニシリン系など「細胞壁を壊す抗菌薬」は効かない
・マクロライド系、テトラサイクリン系が有効
代表的な病気:マイコプラズマ肺炎(学校や職場で流行しやすい)
2. 一般的な細菌
正体:細胞壁と細胞膜を持ち、自分でエネルギーを作って増殖できる「生物」
サイズ:数μm
特徴
・抗菌薬(ペニシリン、セフェムなど)がよく効く
・培養して増やせる(診断しやすい)
・代表的な病気:肺炎球菌肺炎、ブドウ球菌感染症、尿路感染症、など
3. ウイルス
正体:DNAやRNAと、それを包む殻(カプシド)だけの存在
サイズ:細菌よりずっと小さい(数十~数百nm)
特徴
・自分では増殖できない → 人や動物の細胞の中に入り込んで複製される
・抗菌薬は効かない。抗ウイルス薬やワクチンで対処
・代表的な病気:インフルエンザ、新型コロナ、RSウイルス感染症、帯状疱疹、など
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特徴 |
マイコプラズマ |
細菌 |
ウイルス |
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サイズ |
細菌より小さい |
数μm |
さらに小さい |
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細胞壁 |
なし |
あり |
なし(細胞そのものではない) |
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自分で増えるか |
〇 |
〇 |
✕(宿主細胞に依存) |
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抗菌薬 |
一部効く(マクロライド系など) |
効く |
効かない |
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培養 |
ゆっくり可能 |
容易 |
細胞を使わないと増えない |
マイコプラズマ肺炎について教えてください。
・マイコプラズマ肺炎は、人から人へうつる代表的な肺炎です。
・特徴としては 乾いた頑固な咳 が目立ち、特に子供から若い人に多くみられます。
・飛沫/短距離エアロゾル伝播で広がります。
・同じ家に住んでいる人、学校・職場などでうつりやすい(近距離での長時間接触)。
・潜伏期間は 2〜3週間と比較的長いです(増殖速度が遅いため)。
・マイコプラズマは毒素で壊すのではなく、免疫反応で炎症が起こるタイプの肺炎
症状の特徴
・発熱、頭痛、だるさなどのかぜ症状で始まり、その後に痰の出ない乾いた咳が強くなります。
・高熱のわりに比較的元気で活動できるため、「歩ける肺炎(ウォーキング・ニューモニア)」と呼ばれます。
マイコプラズマが肺炎・気管支炎を起こすメカニズム
1. 侵入:気道にとりつく
マイコプラズマは吸い込んだ空気と一緒に気道に入ります。
のど〜気管支の表面にある**線毛(細い毛)**にくっついて、そこにとどまります。
ここでの特徴は:
・細胞壁を持たないので、形を変えながら気道粘膜に密着する
・自分でエネルギーを作れないので、宿主(人間)の細胞から栄養を奪う
2. 炎症のきっかけ:免疫反応が強く働く
マイコプラズマ自体が毒素を出して細胞を壊すわけではありません。
私たちの免疫が「敵が来た!」と反応して炎症を起こすのが主なメカニズムです。
・白血球やリンパ球が集まり、炎症性サイトカインが出る
・気道が赤く腫れ、咳の反射が強まる
・痰はあまり出ず、乾いた咳が長く続くのが特徴
3. 肺まで広がると肺炎に
炎症が気管支だけでなく、肺の奥の肺胞まで広がると「マイコプラズマ肺炎」になります。
胸部X線やCTでは、スリガラス影や小葉中心性の陰影として見えることがあります。
4. 症状が長引く理由
マイコプラズマはゆっくり増えるため、症状もじわじわ出て、咳が何週間も続くことがあります。
また免疫反応が強い人ほど炎症が強く、症状が長引く傾向があります。
治療
・ペニシリンやセフェム系抗生物質は効きません。
・マクロライド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系抗生物質 が使用されます。最近はマクロライド耐性が問題になっています。
・診断、治療が遅れると症状が長引いたり、まれに重症化することもあります。
・ワクチンはありません。
診断
・胸部X線で肺炎は分かりますが、マイコプラズマ肺炎かどうかは区別できません。
・白血球数は増えにくく、炎症の指標であるCRPもあまり高くなりません。
・以前は血液検査で抗体価の上昇を確認して診断していましたが、結果が出るまで時間がかかるため実用的ではありませんでした。
当院での検査
・当院では、咽頭ぬぐい液を使い、感染症迅速診断装置「富士ドライケム IMMUNO AG1」で15分以内に自動判定し、精度の高い抗原診断を行っています。
・この富士ドライケムの抗原検査の感度は85-90%(発症1-3日76.9%/4-6日93.8%/7日以降96%)で、特に発症後5日以降から2週間の間で高い検出率が見られます。
マイコプラズマ肺炎と、細菌性肺炎の中で最も多い肺炎球菌性肺炎の違いを教えてください。
①年齢 < 60歳、➁基礎疾患なし/軽微、③頑固な咳嗽、④胸部聴診所見に乏しい、⑤末梢白血球 < 10,000/μLなどが揃えば、マイコプラズマ肺炎が強く疑われます。
マイコプラズマ肺炎 と 肺炎球菌性肺炎の比較
| 項目 | マイコプラズマ肺炎 | 肺炎球菌性肺炎 |
|---|---|---|
| 原因 | Mycoplasma pneumoniae(非定型菌) | Streptococcus pneumoniae(典型的細菌) |
| うつりやすさ・発症機序 | 飛沫感染。家庭・学校など近距離接触で広がる。潜伏期2-3週間と長め。 | 飛沫で伝播し、鼻・咽頭に定着(保菌)、しかし、保菌=発症ではない。多くはかぜの後などで抵抗力が低下し、微小誤嚥を契機に内因性に発症。 |
| かかりやすい年齢 | 学童〜若年成人に多い。 | 乳幼児・高齢者・基礎疾患のある成人で重くなりやすい。 |
| 症状の出方 | ゆっくり始まる咳・発熱・咽頭痛。全身状態は比較的保たれ「歩ける肺炎」。頑固な咳が特徴。 | 急に高熱・悪寒・胸痛・多量の痰。呼吸困難を伴いやすい。 |
| 検査の傾向 | 白血球は正常〜軽度上昇が多い。 | 白血球・CRPが高値になりやすい。 |
| 検査(確定に役立つ検査) |
咽頭/鼻咽頭ぬぐいによる遺伝子、抗原検査。血液による抗体検査(急性期には確定困難) |
尿中肺炎球菌抗原検査、喀痰グラム染色、喀痰培養・血液培養で同定。 |
| 画像(胸部X線/CT) | 斑状の浸潤影、網状・粒状影(間質性)、気管支壁肥厚/小葉中心性結節。胸水は稀。 | 肺葉性の濃い浸潤影、胸水を伴うことも。 |
| 合併症 | まれに皮疹、耳炎、喘息増悪、心筋炎・中枢神経合併症など。 | 重症化・菌血症・膿胸のリスク。高齢者・基礎疾患で入院・死亡リスク↑。 |
| 主な治療薬 | マクロライド系(アジスロマイシン、クラリスロマイシン)、しかし耐性が地域で増加 → 成人はドキシサイクリンや呼吸器キノロンも選択肢。 | βラクタム系(アモキシシリン/アンピシリン、セフェムなど)が第一選択。 |
| 予防 | ワクチンなし。咳エチケット・手洗い・換気。 | 肺炎球菌ワクチン |
| 登校の目安 | 適切な抗菌薬開始後24–48時間で感染性が大きく低下。解熱・咳の改善傾向にあれば登校可。 | 出席停止はない。 |
マイコプラズマ肺炎が若い人に多い理由は?
・うつりやすい環境
学校・部活・寮など、近い距離で過ごす機会が多く、飛沫・接触で広がりやすい。
・免疫が長く続きにくい
自然感染で得た免疫は不完全で年数とともに薄れるため、学童〜若年で流行の波が立ちやすい。
・周期的流行
集団内の免疫が下がると数年ごとに流行し、学校集団で目立つ。
・統計上少なく見えやすい高齢者
高齢者は既感染で軽症・非典型になり見逃されやすい一方、細菌性肺炎(肺炎球菌など)が相対的に多いため、報告数は少なめに見える。
注意
「高齢者に少ない=軽い」ではありません。基礎疾患がある方は重症化することがあり、**息苦しさ・高熱・長引く咳(3週間以上)**は受診をおすすめします。

「我が国のサーベイランスでは、マイコプラズマ肺炎の報告は学童〜10代が中心で、0–4歳17.8%、5–9歳43.5%、10–19歳30.9%。一方で**60歳以上は1.8%**と少数です(2024年・第1〜35週、累積)。」
マイコプラズマ肺炎に罹患した場合、どの程度学校を休まないといけないですか?
・法律上の決まり:固定の「出席停止期間」は定められていません。
マイコプラズマ肺炎は学校保健安全法の病名リストに明示されておらず、通常は固定日数の出席停止にはなりません。学校で異例の流行がある等のときだけ、校長が学校医の意見を踏まえ「第三種・その他の感染症」として**「感染のおそれがないと認めるまで」**出席停止にできます。
・実務上の登校再開の目安(医師が個別判断):
1)解熱し全身状態が良い、2) 強い咳が落ち着き、教室での活動に耐えられる、3) 適切な抗菌薬を開始して24–48時間ほど経過(感染性が大きく下がる目安)—を満たせば登校可とすることが多いです。
マイコプラズマ感染症には肺炎ではなく、咳嗽中心の熱のないタイプもあるのですか?
・マイコプラズマは「肺炎」だけでなく、発熱が目立たない気管支炎(上気道炎~気管支炎)として乾いた咳だけが長く続くことが臨床的に少なくありません。特に成人ではその傾向が強いです。
・咳の持続:ふつう2–4週間、長いと6–8週間続くことがあります(感染後の咳過敏で延びる)。
・症状:乾性咳、咽頭痛・頭痛・倦怠感など。発熱は軽度~なしでもあり得ます。
・診察・検査:胸部X線は正常で、白血球やCRPは軽度変化にとどまります。血液検査で抗体価の上昇で診断します。
・対症療法:鎮咳・去痰・吸入療法など、症状が続く/悪化する場合には抗菌薬も検討します。
マイコプラズマ感染のあとに喘息が起こることはありますか?
結論
・起こることはあります。 ただし頻度は高くありません。
・きっかけは「気道(空気の通り道)がしばらく敏感になること」。もともとアレルギー体質や気道が過敏な方では、症状が表に出やすくなります。
・以前から喘息がある方では、感染を契機に悪化することがあります。
どうして起こるの?
・マイコプラズマは気道の粘膜を刺激し、咳が長引く・ゼーゼーするなどの状態をしばらく残すことがあります。
・炎症で気道が狭くなりやすい・ちょっとの刺激で咳が出やすい「過敏な状態」になるため、喘息が新たに発症したり、もともとの喘息が悪化したりします。
・マイコプラズマは「特殊な接着+毒素(CARDS)」で気道そのものを“喘息っぽく”してしまう力が比較的強いのに対し、一般的な細菌は急性の好中球性炎症→治れば後を引きにくい、という違いが大きいです。